マダム虚無僧

旧式の真っ黒なクーラーから突如じょぼじょぼじょぼじょぼと水が溢れ出してくる音を聞いたとき、それがまさかクーラーからの水漏れとは思わなくて、誰か、尿意をこらえきれなかった小学生がおもらしでもしたのか、と考えてしまいました。



きょろきょろとまわりを見渡すと、室内に小学生は一人もいません。また、寄り集った人たちの誰の顔にも放尿後のあのどこかすっきりした放心した表情は浮かんでおりませんし、股間に地図の染みが浮かび上がってはおりません。



まさか、わたしが？そう思って自分の股間を見ますと、どうやらわたしも大丈夫。となって、ここで初めて顔をあげて、旧式のクーラーに眼がいったのです。



旧式のクーラーは、同じタイプのものが対面に二つ向かい合うように設えられていて、左側の壁のエアコンからのみ、水が溢れ出ていました。



双子のお兄ちゃんだけが、夜尿症になっている、というイメージがわたしの脳裏に浮かびました。同じ日に生まれて、同じ顔をしていて体つきもそっくりなのに、なぜか、お兄ちゃんだけがおもらしをするのです。



双子の親は、どういうことを考えながらその兄弟を見ることになるのだろう、と考えるわたしの耳元に、いつまでも、じょぼじょぼじょぼじょぼとクーラーの水漏れの音が届いていました。
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